2016年08月30日
久しぶりのブログ
久しぶりの日記ブログの投稿になる
今年の夏は色んな事がとにかく多すぎて、これまでにない相手側に対する感情的な部分も内容によっては制御できない自分も感じたりして投稿しない事を決めた
過ぎた事の経緯は日記の記録に残しておかなくても絶対に忘れない出来事で、ある意味プロバスケや自分の離婚等よりも大きい事で、スポーツ業界に対してもスゴく残念だし業界の未来も一切に感じる事が消えた夏となった
業界は異なれど長い歴史に終わりを告げる出来事があったり、感動のオリンピックの裏で様々な現実が改善されないスポーツ業界はとにかく残念な業界だと思う
自分はそれなりの分岐点にしっかりとした準備を考えて最悪の事態にならないように備えておくタイプの人間だからこそにこれまでの関わった事項にその悔しさや会社トップの未熟な判断力等々に苦言に近い内容をブログに投稿してきた
今年の夏の出来事はその度合いを越えていて絶望に近い感覚の日々が続いた
自分が一生懸命にやってきた事の結果の全ては売上でもあってその無残な結果は現実として悲惨な夏であった
このどこまでも青い空のようにスポーツ業界で商売をしてゆく事に未来を描いた20代の自分がまさか50代になった年にこんな感覚を持つような時間がくるなんて考えたくもなかった
ここまであれだけ大変な事態が次から次へとあったのに、どこかで自分が終わらない理由は自らの強い制御力にあって、我慢強い精神力が支えでもあった
耐える時期にその行動が可能な背景にあるものは未来への強い希望や願望でもある
ただスポーツ小売りの未来は自分の中で完全にこの夏に干からびた
考えれば考えるほどに寂しくなるし、ホント早い事都城に年間でいなくてもいい時代がやってきてほしいものだ
なぜ帰ってくる事になったのか、なぜ都城にこんなに長い間いなければならなくなったのか…何度も何度も自分に問いかける夏だった
本音を表に出さない性質の自分が数日前ある女性に田舎への感情的な想いの一部を思わずなぜか話した
翌日壊れようとしている自分にはっと気づいた
さすがに我慢も限界値へと突き進んでいるのかもしれない
来月いただく話がもしまとまるような事があれば自らの覚悟は当然できている
いっその事一瞬で消された方が諦めも後悔も残らない
昔は昔はと事情もわからない周囲から聞き苦しい事やウルサイ事を言われてきた中で自分が一生懸命模索してきた事は一体何だったんだろう
きっとどこかで、いつか業界の復活を願っていたのかもしれない
オリンピックが東京で開催されようが、新しいプロバスケリーグがスタートしようが、もしアスリートの誰かが世界一になろうとも、田舎のスポーツの現実が変わる事はないと俺はこの夏に確信した
スポーツ用品販売小売店の未来は可能性ゼロに乏しい
やっぱりこれはスポーツメーカーの能力的、人材不足にかなりの問題あり
これに尽きる
藤間議長でした
その歪みのきっかけはやっぱり大嫌いなミズノの変換からだと俺は思ってる
ブログの中でスポーツ業界の事に関しての書き込みは今年の夏で完全に終焉を向かえそうだ
今年の夏は色んな事がとにかく多すぎて、これまでにない相手側に対する感情的な部分も内容によっては制御できない自分も感じたりして投稿しない事を決めた
過ぎた事の経緯は日記の記録に残しておかなくても絶対に忘れない出来事で、ある意味プロバスケや自分の離婚等よりも大きい事で、スポーツ業界に対してもスゴく残念だし業界の未来も一切に感じる事が消えた夏となった
業界は異なれど長い歴史に終わりを告げる出来事があったり、感動のオリンピックの裏で様々な現実が改善されないスポーツ業界はとにかく残念な業界だと思う
自分はそれなりの分岐点にしっかりとした準備を考えて最悪の事態にならないように備えておくタイプの人間だからこそにこれまでの関わった事項にその悔しさや会社トップの未熟な判断力等々に苦言に近い内容をブログに投稿してきた
今年の夏の出来事はその度合いを越えていて絶望に近い感覚の日々が続いた
自分が一生懸命にやってきた事の結果の全ては売上でもあってその無残な結果は現実として悲惨な夏であった
このどこまでも青い空のようにスポーツ業界で商売をしてゆく事に未来を描いた20代の自分がまさか50代になった年にこんな感覚を持つような時間がくるなんて考えたくもなかった
ここまであれだけ大変な事態が次から次へとあったのに、どこかで自分が終わらない理由は自らの強い制御力にあって、我慢強い精神力が支えでもあった
耐える時期にその行動が可能な背景にあるものは未来への強い希望や願望でもある
ただスポーツ小売りの未来は自分の中で完全にこの夏に干からびた
考えれば考えるほどに寂しくなるし、ホント早い事都城に年間でいなくてもいい時代がやってきてほしいものだ
なぜ帰ってくる事になったのか、なぜ都城にこんなに長い間いなければならなくなったのか…何度も何度も自分に問いかける夏だった
本音を表に出さない性質の自分が数日前ある女性に田舎への感情的な想いの一部を思わずなぜか話した
翌日壊れようとしている自分にはっと気づいた
さすがに我慢も限界値へと突き進んでいるのかもしれない
来月いただく話がもしまとまるような事があれば自らの覚悟は当然できている
いっその事一瞬で消された方が諦めも後悔も残らない
昔は昔はと事情もわからない周囲から聞き苦しい事やウルサイ事を言われてきた中で自分が一生懸命模索してきた事は一体何だったんだろう
きっとどこかで、いつか業界の復活を願っていたのかもしれない
オリンピックが東京で開催されようが、新しいプロバスケリーグがスタートしようが、もしアスリートの誰かが世界一になろうとも、田舎のスポーツの現実が変わる事はないと俺はこの夏に確信した
スポーツ用品販売小売店の未来は可能性ゼロに乏しい
やっぱりこれはスポーツメーカーの能力的、人材不足にかなりの問題あり
これに尽きる
藤間議長でした
その歪みのきっかけはやっぱり大嫌いなミズノの変換からだと俺は思ってる
ブログの中でスポーツ業界の事に関しての書き込みは今年の夏で完全に終焉を向かえそうだ
Posted by mtc at
14:29
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2016年08月01日
スポーツマジック
25年ぐらい前、スポーツブームに便乗して乗りにのっていた自分がビジョンとして掲げたスポーツマジック
まだまだNBAのブームが日本にきてない時代あのマジックジョンソンに影響された事がきっかけでした
当時の自分は田舎に伝達されてない商品を強化して、販売していく志を強く持っていて田舎でも最新の商品が売れるというマジックを起こしたいと思って取り組んできました
その想いが揺れる事も度々にありましたが、スポーツ売場の福岡出店を決意した時期に中町の土地区画整理が決定し、街の新しいビジョンが策定されました
当時28歳、中学から高校に進学する際に都城には区切りをつけて宮崎に進学した自分は、都城に就職する事になった経緯がずっと納得できなくて、とにかく売上をあげて影響力を向上させて都城を自ら出ていこうと決めてました
その反骨精神が都城の田舎のスポーツ店でありながら遠方からもご来店いただける年間店売り3億を計上する店舗へとなりました
当時から外商の分野は簡単に値引きはするは、簡単に売掛もするし、外商があるから事務的作業に人員も必要になると外商の必要性と外商スタッフに寛容であった親父の考え方が本当に大嫌いでした
あの頃、親父が社長だった変わらない都城のお店のやり方に嫌気が限界で、従来のスタッフで変わらない体質を続けて下さいと、完全に違う世界観を掲げていた自分
地元に残りオーバルのスタートへの参加に自分を決意させた背景を振り返ると、きっとあの頃から数年後に結婚する事になる嫁さんの存在が自分の中にあったんだろうと思います
気になる女性の存在という事は男にとって独占欲という欲求がある限りどうしようもない事を自分は経験しました
これまで福岡から都城に帰る際もそう…
必ず自分には分岐点に女性の存在があって分岐点の決意にブレがある人生だったのかもしれません
しかし、今回の分岐点
昨年恋愛感情の高まる可能性のあった異性を断ちきり起こる可能性のある分岐点に備える5年間を決意しました
東京オリンピックが決定した事は自分にとっても永くスポーツマジックを人生のビジョンに掲げてきた背景からもとにかく大きな出来事です
今オーバルに起こっている危機をチャンスに変えるマジックが実現できるかわかりませんが
スポーツマジックを掲げて田舎ではあり得ない売上のマジックを作った発想と信念を思い出し、ラストチャンスを転換に変えていきたい決意を今回しました
田舎の現実としてスポーツビジネスでマジックを再び起こす事は難しいと思いますが、ビジネスマジックは無限大
可能性の高い分野に集中して頑張りたいと思います
藤間議長でした
今月末を持って、スポーツビジネスは完全に副業の感覚へと切り換えます
まだまだNBAのブームが日本にきてない時代あのマジックジョンソンに影響された事がきっかけでした
当時の自分は田舎に伝達されてない商品を強化して、販売していく志を強く持っていて田舎でも最新の商品が売れるというマジックを起こしたいと思って取り組んできました
その想いが揺れる事も度々にありましたが、スポーツ売場の福岡出店を決意した時期に中町の土地区画整理が決定し、街の新しいビジョンが策定されました
当時28歳、中学から高校に進学する際に都城には区切りをつけて宮崎に進学した自分は、都城に就職する事になった経緯がずっと納得できなくて、とにかく売上をあげて影響力を向上させて都城を自ら出ていこうと決めてました
その反骨精神が都城の田舎のスポーツ店でありながら遠方からもご来店いただける年間店売り3億を計上する店舗へとなりました
当時から外商の分野は簡単に値引きはするは、簡単に売掛もするし、外商があるから事務的作業に人員も必要になると外商の必要性と外商スタッフに寛容であった親父の考え方が本当に大嫌いでした
あの頃、親父が社長だった変わらない都城のお店のやり方に嫌気が限界で、従来のスタッフで変わらない体質を続けて下さいと、完全に違う世界観を掲げていた自分
地元に残りオーバルのスタートへの参加に自分を決意させた背景を振り返ると、きっとあの頃から数年後に結婚する事になる嫁さんの存在が自分の中にあったんだろうと思います
気になる女性の存在という事は男にとって独占欲という欲求がある限りどうしようもない事を自分は経験しました
これまで福岡から都城に帰る際もそう…
必ず自分には分岐点に女性の存在があって分岐点の決意にブレがある人生だったのかもしれません
しかし、今回の分岐点
昨年恋愛感情の高まる可能性のあった異性を断ちきり起こる可能性のある分岐点に備える5年間を決意しました
東京オリンピックが決定した事は自分にとっても永くスポーツマジックを人生のビジョンに掲げてきた背景からもとにかく大きな出来事です
今オーバルに起こっている危機をチャンスに変えるマジックが実現できるかわかりませんが
スポーツマジックを掲げて田舎ではあり得ない売上のマジックを作った発想と信念を思い出し、ラストチャンスを転換に変えていきたい決意を今回しました
田舎の現実としてスポーツビジネスでマジックを再び起こす事は難しいと思いますが、ビジネスマジックは無限大
可能性の高い分野に集中して頑張りたいと思います
藤間議長でした
今月末を持って、スポーツビジネスは完全に副業の感覚へと切り換えます
Posted by mtc at
07:00
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